受験勉強の話

2025年11月13日 (木)

「合格者は多いけれど狭き門」は今は昔【司法書士試験】

20230314_182740425 「資格者募集してますか」
「求人募集してますか」

最近多い系の電話。「そんなわけない」と、かかってきた携帯番号を検索すると、迷惑な営業電話だと出てます。

「感じのいい女性でしたよ」と電話を取った者は言いますが、そんなの作戦。

「そんなわけがない」というのは、人材難の業界で、わざわざ飛び込みで、ウチみたいな零細事務所を目指すわけがない、というのと、

「募集していません」とホームページに書いてあるのに、ホームページを見ずに電話しているのであれば、本当に職探しをするつもりなら、チェックが甘い。

今年の司法書士試験の合格者は751人で、合格率5.21%。
私が合格した平成9年は、合格者849人で、合格率2.74%。

「合格者は多いけど狭き門」の時代が、業界的にはよかったのでしょう。

過払いがなくなった頃だったでしょうか。「司法書士の資格なんて、もう未来がない」と言われたような頃もあった気がしますが、私自身は、「こんなに魅力のある職業は他にない」と思ってやっています。

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2025年10月 4日 (土)

司法書士試験に合格してから28年・・・

Pxl_20241014_045149455 私が司法書士試験に合格したのは、平成9年10月1日(筆記試験の合格発表日)。もうすぐ30年になるのかと思うと、時の経過が重た過ぎます。

勤務時間に抜けさせてもらって、大阪法務局に掲示されていた受験番号を見に行きました。

入院中だった母親のポケットベルにメッセージを入れると、すぐに電話が。「長かったね」と言われたことが、記憶に残っています。受験勉強の期間、周りのほうが長かったのでしょう。

「合格した」とあちこちに知らせた際、唯一、辛口のコメントが返ってきたのは、中学時代の担任の先生。「これからがスタートではないでしょうか」と書かれていました。今からすると、まさしくそのとおり。

試験合格後、すぐに勤務の待遇を変えてもらえた当時の自分に、その意味を理解できることはなく、平成14年6月まで、勤務の期間を過ごしています。

勤務の期間は、お給料をもらってそれで満足。今から思うと、若い時にハードな勤務を経験しておくべきだったし、勉強もしておくべきだったと思うのですが、仕事の大変さを自覚するのは、平成14年7月に独立開業をして、人を雇用して、そこからです。

その中学時代の先生は、開業から18年経った頃に、ひとりの依頼者として事務所に来てくれています。認めてもらえるまで、時間がかかりました。

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2025年6月26日 (木)

「相続」に取り組むならCFPレベルの知識は必要

Pxl_20250118_011953891_20250626210401事務所のスタッフに、CFP試験(相続)の講座を、受けてもらっています。

試験自体は、AFPを飛ばして、いきなりCFPを受けられませんし、資格を取ることを目的にはしていません。

講座は家で受けてもらうものの、その分も勤務時間に含む、という取扱い。

平成22年頃にも、同じことをやっています。私自身は、平成22年第1回のCFP試験「相続事業承継」に合格。もう15年も前になります。

CFP試験の相続の分野は、司法書士が相続手続きに取り組む中で、知ってないといけない基本的な知識を、身に着けさせてくれると思っています。逆に、司法書士試験の中で、身に着けた知識では足りません。

「実務の中で身に着ける」のも有効ですが、資格試験は、強制力をもって体系的に学ばせてくれる、いいツール。

司法書士は、税金の相談には応じられません。だからといって、「知らなくてもいい」ことには、ならない。

ここらあたりの境い目を埋めてくれるのが、CFP試験(相続)の領域です。

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2025年5月26日 (月)

ネットバンクが普及しても紙の通帳は手放すまい

Pxl_20250521_052441088堺市役所内にあったATMが、少しずつなくなっていき、残りは三菱UFJ銀行のみ?

隣にあったゆうちょ銀行に、りそな銀行はありました。その横には、労金だったか?

ATMを維持するにも、コストがかかる。現金を補充するにもコストがかかる。それが時代の流れ。

ATMが市役所内になくても、周りに店舗があるので、「ないと困る」のではなく、「あると便利」の世界ではあります。

そろそろ始まった流れが、相続手続きで必要となる、銀行口座の所在が分からない。ネット銀行に入ろうにも、IDやパスが分からない、です。

今のところ、金融機関の口座を、名寄せできるシステムがないので、相続人さんは困られます。

口座からカードの引き落としがあるんだけど、カードの明細が郵送されないので、中身が分からない、というのも。

私自身は、仕事で使う以上、ネットバンクが普及しても、今ある通帳の現物は手放すまい。但し、スマホで閲覧できるシステムも大事、という感覚。振り込みがあると、リアルタイムでメールが飛んでくるのも、重宝している仕組みです。

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2025年2月 9日 (日)

司法書士試験に限らず仕事でも「質の前に量」

Pxl_20250131_230536569-1『司法書士試験 仕事を辞めずに一発合格する方法(河島弥生著)』にあったくだり。「■量と質はどちらが大切か」から引用します。

「テキストを読むことに関して、大切なのは質より量だと思います。なぜならば、量を繰り返すことで、質が生まれるからです。私は本試験までにテキストを25周したのですが、回数を重ねれば重ねるほど読む質が確実に高まってきたなと感じていました」(以上引用です)

最近、いろいろなところで「質より量」という話を見聞きするようになりました。

私自身、司法書士の受験勉強に関しては、過去問や答練を繰り返し繰り返し読んで、問いを見ると、答えだけでなく、解説まで頭に浮かぶレベルまでやっていました。

勤務を始めた後、1年半は「抹消-移転-保存-設定」の不動産登記の案件を繰り返しました。今となっては、最初はいろんな業務が混ざる「ごった煮」事務所より、同じことを繰り返すことで、基礎を作れたと思っています。

今は、私自身の事務所の中で、「仕事の量」に恵まれています。同じことを何件もすることで、気付ける論点というのがある、ことを体感しています。

いわゆる働き方改革によって、残業時間の規制が厳しくなる。勤務時間を制限されると、量を経験できない。例えば、金融機関なんかでも、そんな話を聞きますが、特に若い時期。ひたすら仕事をする時があってもいいはずです。

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2025年2月 1日 (土)

「司法書士試験 仕事を辞めずに一発合格する方法(河島弥生著)」

Pxl_20250131_230536569 「司法書士試験 仕事を辞めずに一発合格する方法(河島弥生著)」は、どんなことが書いてあるのかな~と気になって、読んでみました。

私自身は、定職に就いていなかったのに、1回目の受験を落として、2回目で合格しています。

2回目の受験期直前6か月間は、早稲田セミナー(通学)と日本司法学院(通信)の答練を並行して受講して、結構ハードなメニューを課しました。答練がペースメーカーでした。

模擬試験で「全国で何位」というのは毎回気にしていたし、上位3位に入って「太字で名前を書かれたい」と真剣に思って、勉強していました。モチベーションを維持するには、そんなことくらいしかなかった。

この2点だけでも、本に書かれてあることとは、違います。

こんなことを書くと、負け惜しみになりますが、私自身は、受験生2年目にみっちりと勉強できたことが、司法書士人生の基礎になっています。

もちろん、受かったもの勝ちです。1回目で合格していたら、私はまだ23歳だったので、より選択肢が広がった可能性はあります。

一発合格した人と一緒に、仕事もしてきました。受験生とも仕事をしてきました。そんな中、「それ試験勉強でやったよ」という話は、私から吹っ掛けることが多かったです。

今でも、受験の本に戻ることあります。特に、日本司法学院の基本書です。

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2025年1月18日 (土)

CFP試験「相続・事業承継設計」は司法書士業務に直結

Pxl_20250118_011953891 スタッフ用に、CFP相続・事業承継設計の通信講座、申し込みました。

司法書士業務に、直結する内容。逆に、相続のお仕事をしていくのに、「司法書士による登記」の視野では足りないため。

私自身、平成17年12月にAFPの登録後、CFPの試験は「あと1科目」のところで、足踏みしています。

・平成22年第1回 相続事業承継 合格
・平成22年第2回 不動産運用設計 合格
・平成23年第1回 タックスプランニング 合格
・平成23年第2回 ライフ・リタイアメントプランニング 合格
・平成24年第1回 リスクと保険 合格

残り、金融資産運用設計の1科目合格でCFPに登録できる中、10年が経過。当時は「司法書士でCFPは希少価値!」と思って勉強してましたが、モチベーションが保てなくなったこと。

仕事しながらの受験勉強は、時間的な制約と共に、雑務との兼ね合いもあります。特に最近は、平日は外に出ていることが多くて、休日になると、書類が山積み。経営上の不安があると、呑気に勉強してられません。

受験勉強している最中、あれ、無理が利かなくなった?体調不良は受験勉強が原因?と感じたこともありました。

と、言い訳は何とでもできますが、「自分も一緒に勉強する(ちなみに、AFPをすっ飛ばして、CFPの受験はできません)」と決めるかどうかは、私次第。

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2024年11月 2日 (土)

1回目の司法書士試験が終わった後

Pxl_20241014_045143193-1平成8年7月、1回目の司法書士試験の受験を終えた後で、20日間の中国の旅。

就職浪人をして「あと1年」、受験勉強を続ける私に、親は何も言いませんでした。何を言っても聞かない子、ということは、もう伝わっています。やりたいように、させてくれました。

平成9年7月の試験にピークを持っていくには、早く仕上げてしまっても続かない。年明けから、早稲田セミナーと日本司法学院の答練を受けることを決め、平成8年中は、わりとのんびりとしていました。

基礎講座に合わせて始めた「なんば」での居酒屋のバイトには、引き続き通っていました。勉強に集中するために、環境は変えないほうがいい。

12月は、28日勤務という無茶なことをしています。お金が必要だったわけではなく、ただ、仕事するのが楽しかっただけ。

3日しかない休みのうち1日は、祖父が亡くなった日で、祖父が自宅マンションに戻った横で(病院から葬儀会場に直接移動するのではなく、一度家に連れて帰っていたのが、今とは違う話)、孫たちで肉じゃが作ったことが、記憶に残っています。

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2024年10月26日 (土)

1回目の司法書士試験の後は中国への旅に

Pxl_20241014_045117628 平成8年7月7日に、1回目の司法書士試験が終わった後、7月12日から31日まで。19泊20日で、中国への旅行に出ています。

行きと帰りの飛行機のチケットと、20万円程度は持っていたという記憶があるものの、日本を出た時点で中国のホテルは取っていません。

北京で留学中の友達と合流。バックパックを背負って、成都、重慶、武漢と回っています。移動手段は、寝台列車、飛行機(中国の国内船)、山峡下りの船。宿泊先の確保は全部、フロントで「今日空いていますか?」でした。

今と違って、携帯電話を含む通信機器がありません。3段式の寝台列車では、こんなとこで寝れるわけがないと思いましたが、意外と快適。三峡下りの観光船も中国人と一緒で、最初に乗り込んだ安い船はあまりにひどい環境で、出発前に逃げ出しました。

今からすると、よく行ったものだと思いますが、恐さを知らないのは、若さの特権。冒険好き、拘束されたくない、というのは、今と同じです。

旅行の工程表を書いている手帳のページに、「受験番号最後の50人は3列。その他4列」とメモしていました。司法書士試験の会場、受験番号が若い教室は、何とも言えない重たい雰囲気。最後のほうは、受かるつもりで来ている人は少ない。

翌年の司法書士試験では、わざと願書の提出期限ぎりぎりに出すことを決め、平成9年。大阪の合格者の中では、一番最後の受験番号で合格しています。

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2024年10月19日 (土)

司法書士試験1年目の結果

Pxl_20241014_045143193「司法書士としての終わり」も意識しつつ、「司法書士を志した時期」のことを思い返しているのは、きっと「今が中間地点にいる」ということなのだろう、と思っています。

開業23年目で、51歳。あと23年経てば、私は74歳になっている計算。

いろいろありながらも、振り返ってみると、短かった。だから、残りの司法書士人生。大事に生きていかなければ、と。

司法書士試験の受験勉強を始めたのは、平成7年4月。
1回目の受験は平成8年7月になりますが、平成8年の本試験は、午前28問/35問、午後22問/35問で不合格でした。

基礎講座が終わったのが平成8年3月末。本試験まで3か月ちょっとしかない時期から、全部の科目を回すのは物理的に厳しいとして、全然ダメな結果ではなかった。「もう一年だけ」と決めて、勉強を続けることになります。

当時の手帳を探しました。基礎講座を受講していた時間は、平日の18時半から21時20分まで。帰宅すると22時なので、若かったからできた話。

でも、今から考えると、仕事してなかったんだから(平成7年度のバイト収入は74万円)、もうちょっとできたんじゃないか、と思ったりもします。

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