交流がなくても「亡くなった時は声を掛ける」という慣習
コロナを機会に、大きな会館を持っている葬儀社までもが「家族葬」と言い始めました。
葬儀は、確実に小規模化しています。
普段、交流があった人であれば声を掛けるべきと思いますが、交流もないのに、絶縁状態なのに、亡くなった時は声を掛けないといけない。そして駆け付けないといけない、というのは、何か変なような気がします。
だったら、元気な時に、会いに来てあげてくださいよ、と。
死後事務の委任契約をする時は、「どなたに知らせますか」というのを予め確認をしています。
後見人等に就任していた方が亡くなられた場合は、法定相続人の方に通帳等を引き渡ししないと、終われない。知らせざるを得ないとはいえ、電話をして、怒られたこともあるし、無視。逃げられたこともあります。
「親子だから」とか、「兄弟だから」とか、一般的な感覚で考えていたらいけないんだと、思っています。
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有馬温泉、中の坊瑞苑に来ています。


