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2005年3月12日 (土)

話し合いから逃げる意味

ライブドア側の仮処分の申請が認められました。
いろいろな意見があると思いますが、客観的に考えてみれば、ごく当然の結果でしょう。裁判官が政治的な判断をしなくて何よりです。

今まで矢面に立って、強気の言葉を発していたフジテレビの会長は、「うちは第三者」と言いたげなコメントを出していました。ライブドアVSフジテレビだったはずですが、いざとなれば、ニッポン放送がどうなったとしても、我が身を守る行動に走るでしょう。一番マズイのは、フジテレビの面子を傷つけられることですから。

事の真偽はわかりませんが、ライブドア側が話し合いを求めているのに、ニッポン放送側は会うつもりがないと言います。私の日々の経験から考えるに、話し合いから逃げるということは、話し合うと何か都合の悪いことがあるということでしょう。本人たちが話し合いをすると感情的になるというのなら、代理人弁護士が間に入ればいいことです。

「裁判でもしないと、腹の虫が収まらない」という依頼者もおりますが、自分に有利な結果になると考えれば、誰しも話し合いによる早期解決の可能性を探ると思うのです。社員が大事、株主が大事と思うのであれば、裁判のために時間と大金をつぎ込んでいる場合ではないはずです。

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